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接待塾にはまる子どもたち

 Aさん「今日、一緒に自習行かない?」
 Bさん「うん、行く」
 Cさん「じゃあ自分も、Dさんは?」
 Dさん「今日は友達と遊ぶ」
 Eさん「じゃあ自分も今日はパス」
 
 Fさん「先生めっちゃ良い人だよ」
 Gさん「おかし食べれるよ」
 Hさん「しゃべってても居眠りしてても何も言われないよ」 

 
 通っている塾が
 子どもたちの集会所のようになっていたりしませんか?
 
 全国的に増えつつあると感じる集会所的な塾
  
 今回はそんな塾については取り上げてみたいと思います。

 

 ー 「塾に通っている」「仲間と同じ環境にいる」
      というステイタスに安心してしまう ー
 

 

 集会所的な塾の特徴は
 ルールが緩く「接待」的な要素が強いところです。

 指導よりも居心地やメンタルのフォローを手厚くして、
 「ちょっとがんばれないかな」という人に向いてる感じです。

 そのため「きちんとやりたい」人には
 向かないところがあります。

 集会所的な塾はそこまでがんばりたい(がんばらせたい)わけではない、
 でも勉強はできるようになりたいというやや矛盾した心理の人に好まれる傾向があります。

 
 名門野球部に入部しただけでうまくなったわけではないのと同じように
 塾に通っているだけで勉強してることになるわけではありません。
 (塾、自習という言葉はそれだけで「自分はちゃんとやってる」という錯覚を起こさせる
 負のマジックワード的な要素があります)
  

 勉強は自分を律すること、目標達成にストイックになることがセットです。
 しかしその逆を行き緩くすることで子どもたちは「わかってくれる大人」「こんな勉強ならやってもいい」と喜ぶかもしれませんが、人によっては自立心の妨げになると個人的には思います。
 
 

 集会所的な塾を選ぶ典型的なパターンには次のようなものがあります。 

  「うちの子はとにかく勉強嫌いで塾も行きたくなくて…」

  そんなとき体験した塾の先生がとにかく良い人で教室には友達もいっぱい、
  そして子どもが…
  「僕、ここにする!ここなら通える」

 この一言が決め手になるケースです。

 一般に塾は辛いところ、厳しいところというのが子どもたちが持つイメージでしょう。
 そのイメージと緩さのギャップに子どもは安心します。
 そして「じゃあここにしようか」となるわけです。

 でもそれが塾を探そうとしたもともとの理由でしたか?
   
 さらにもう一つ、
 「うち子は弱い、続かない」「きちんとできない」と決めつけていませんかということです。
 (心を鍛えるための塾でもあるんですけどね)

   

 こういった接待に力を入れた塾の増加には
 「がんばれない」「自己肯定感が低い」「友達がいないと嫌」
 といった心理層が多く、そこにターゲティングした背景があると思われます。

 また受験戦争や学力至上主義の考え方が弱まり
 「そこまで勉強できなくていい」という思想が広まった
 ことにも関係しているでしょう。

 しかし子どもたちは今も昔も点数や成績を気にします。
 緩い環境を好んでいても
 「ちゃんとできるようになれるものならなりたい」というのが本音だと思います。

 

 ここで一つお伝えてしておきたいのは
 「指導第一」の塾もあれば
 「集客第一」の塾もあるということです。
 

 もし後者であれば接待要素は一層強くなります。

  
 ただ
 
塾は指導を受けに行く場であり
 
接待を受けに行く場ではありません。

 鍛えるためにトレーニングジムに行って、
 
楽して帰ってきても意味はありません。

 勉強は負荷がかかって当然です。
 
悩みや挫折、負荷のない成長なんてありません。

  

 もちろん
 「本人が楽しく通っている=うちの子に合ってる」ということであれば
 それもありです
。

 ただ塾に通う理由は何だったのでしょう?
 
学力なり人間性なりを鍛えるためだったのではないでしょうか。

 友達に会いに行くためでも
 勉強ごっこをするためでも
 楽しい思い出作りでもなかったはずです。
 
 
当塾は
 
勉強を通して
 
「大人になること」「今後社会に通用する人間になること」
 
を理想としています。

 成績や受験の合否は瞬間的なできごとで、
 そこだけをクリアしても大した意味はありません。
 だから生徒たちには現実を話し、先々に対応できる人になることを求めます。

 

 「楽しかった」ではなく
 「大変だった」と言われるのが塾の本質

  

 生徒に「塾の一番の思い出は?」と訊いて
 
 「楽しかった」
 「先生の話がおもしろかった」
 

 まあ、いいですけれども塾としては
 賛辞の言葉ではないと思っています。

 ちなみに
 卒業するとき生徒から一番聞きたい言葉は
 「大変だった」です。
 その延長に「その分、成果があったときは嬉しかった」と思ってもらえれば最高です。

 大変、辛いという言葉の裏には
 「逃げなかった」「強くなった」といったドラマがあります。

 塾ですから
 厳しいことも言います。
 圧力もかけます。
(言うべき人に言うべきタイミングで伝えているつもりです)

 

 そのとき辛くても
 「乗り越えた」という経験が自信につながり
 充実した人生になるんじゃないかと思います。

 まだまだ塾も発展途上ですが、
 大変でも得るものが大きいと思ってもらえる教室にしていきたいです。

当時のライフワークが今の自分の原点

 今回はプライベートの話をさせていただきます。
 何も面白くない話かもしれませんが、
   自分にとっては割と大事な思い出でもあるのでこの場を借りて残しておこうと思います。
 

 

 つい先日、部屋の物が多すぎるので要る物と要らない物を整理していたら
 膨大な数のカセットテープが出てきました。

 インデックス等をちゃんとしていなくて
 何が入っているかわからないものがたくさんありました。
 確認してみようと思い再生してみると、
 「あー、これか!」と当時を思い出し、片づけをそっちのけに
 次々と再生して思い出に浸ってしまいました。

 今ほど便利な機能がなかった当時は、曲を飛ばしたりせずちゃんと聴いていました。
 でも最近は出だしやサビだけ聴いて
 ピンとこないと次々飛ばしてしまうこともしばしばです。
 それは結果的に良い音楽との出会いを逃しているのかもしれません。

 自分がレンタルショップに通い始めた頃、CDは少なくまだレコードがメインでした。
 店内に同世代の人は少なく大人ばかりでちょっとした緊張感がありました。
 1枚ずつ目当てのレコードを「あるかな?」と期待を寄せながら探すのが楽しみの一つで、
 見つかったときの嬉しさは格別です。
 そしてレコードを手に取り心を弾ませながらカウンターへ行きます。
 バーコードで読み取るシステムもなく手続きにちょっと時間がかかったものです。

 当時は長く借りられず翌日返却が多かったように記憶しています。
 だから
借りるとすぐに聴くようにしていました。

 慣れない手つきでレコードをプレーヤーにセットして、「この辺かな」と恐る恐る針を下ろし、
 軽くザザッというノイズがしてその後に音楽が流れだす、この瞬間が好きでした。
 ダビングをするときはタイミングを見計らってRECスイッチを押します。
 失敗したら最初からやり直しです。

 当初、録音用のカセットテープは「46分」をメインに使っていました。
 A面、B面それぞれ23分ずつ(実際はもっと長い)になっていて、
 レコードを片面ずつダビングします。

 ダビング中にテープの残量がなくなるアクシデントがよくありました。
 そうなるとやり直しです。
 これも記憶の限りですがレコードの片面ずつの収録時間がわからないことがありました。
 総合で46分と表記されていても片面23分ずつとは限らないので
 やってみて残量不足が発覚することもあったのです。

 そこで「あと○○秒あれば足りたのに…」というトラブルを防ぐため正確なテープの残量を知っておく必要がありました。

 最初は新品のテープを無音状態で流しっぱなしにする古典的なやり方で実測してました。以後は早送りしてステレオのテープカウンターを時間に換算する方法でやるようになりました。メーカーやテープによっては23分のところは25分くらいまで長いものもありました。あとテープには最初と最後に遊び(使えない部分)があります。さらに曲間に何秒かあることも計算しておかなければいけません。また曲順を入れ替えて時間内に収めるなんてこともよくありました。そんな苦労するなら「もっと長いテープを使えばいいのに」というご意見もあると思いますが、このぎりぎりの勝負が楽しみ方の一つだったのです。この作業に没頭中は食事も後回しです。

 経験されてる方はわかると思いますが、レコードとテープでこの作業をするのは結構大変です。でもそれがその頃はとても楽しかったのです。

 時代はレコードからCDへスライドしていきました。収録時間が長いものも増えていきました。「60分」テープを使うことが増え、ステレオもワンタッチで時間を計算してダビングまでしてくれるようになり時間切れのトラブルはほぼなくなりました。しかし今度はテープが余り過ぎることが頻発しました。
 そんなユーザーの声を知っていたのか「50分」テープが登場しました。これは重宝しました。「46分」を使う機会は減り「50分」「54分」「60分」がメインとなりました。「90分」や「120分」テープという選択肢もありましたが劣化しやすいうえに早送り巻き戻しが面倒と聞いていたこともあり、ラジオのライブ放送など途中で途切れてはいけない(肝心なところで残量がなくなるとショックです)場合を除いて使うことはあまりありませんでした。

 カセットテープにはノーマルやハイポジ、メタルなどバリエーションがあっていろいろ使いました。ステレオによってはドルビーノイズリダクション(これも種類があります)という機能もあって、ノイズを軽減することもできました。音にこだわるようになりイコライザーの操作に没頭している時期もありました。ただこの頃は純粋に音楽を楽しめなくなっていたと思います。

 インターネットがない当時、気になる曲が流れているとお店の方に「この曲わかりますか」と訊いていました。見当をつけてCDを借りまくったこともあります(フュージョンなどインスト系の曲を探すのは大変でした)。そんな青春時代が仕事においても自分の原点になっていると思いますが、便利になるにつれてそこまで追求する機会は減りました。
 
 今はダウンロードしたり膨大な曲数を音楽プレーヤーに入れたり音楽シーンは手軽で便利になりました。そこに味気無さを感じ始めたのか、良い曲に出会ったときの感動が以前ほどではなくなりました。がんばって探していた分、思い入れも強かったのかもしれません。もしどんな名曲だったとしてもそれが「AIで作られた」と知ってしまったら自分は興ざめすると思います。

 趣味や遊び、交友関係を通して過剰にのめりこんで過ごした日々は飽きることなく楽しい時間でした。自転車を持っていなかったのですが「読みたい、聴きたい」と思えば夜でも走ってお店まで行ったりしました。携帯電話もないので友達に伝えたいことがあれば家まで直接会いに行ったりもしました。居間に一つだけある電話は会話を家族に聞かれるので使いません。難しく考えず衝動のままに行動したことは良き思い出です。

 勉強にもそういう熱量があるほうが楽しいので生徒に押し付け気味に話してしまうこともありますが、ほどほどにしておかないといけませんね、きっと。

 懐かしいエピソードはたくさんありますが今回はこれくらいにしておきます。
 
何となく昔の思い出と感情を忘れないようにするため一部ここに記しておきました。

勉強は最初がとにかく大変

 「どうやって勉強したらいい?」

 塾ではよくある質問です。
 実際この質問にシンプルに答えるのは難しいものです。
 学習状況も目標もそれぞれ違うので
 一人ずつコミュニケーションをしないとアドバイスができません。

 でも勉強を全然していない生徒から質問されたら必ずこう答えます。


 ー ひたすら勉強しよう
 そして己の現状を知ろう ー

  
 「簡単にできる方法だけ教えてくれればいいのに…」と思う人もいるかもしれませんが、
 ちゃんと勉強してたらそんな方法はないってわかるんですよ。
 (勉強してないと、やることめちゃくちゃ多いって知らなかったりするんです) 
 お米を炊いたこともないのに
 「今日中に一通り料理できるようにして」って言ってるようなものです。

 近道だけ知ってても応用できませんから。
 裏技は通常の技を持っててこそ有効なんです。 

 散歩にたとえれば
 とにかくいろいろな道を自分の足で毎日毎日へとへとになるまで歩いてみます。
 すると「さっきもここ通ったな」「あれ、こんな道もあったのか」と道に詳しくなって
 
近道も抜け道も自在に歩けるようになります。   

 勉強も同じです。

 量に苦しむこと
 
道に迷うこと
 
結果に悩むこと

 まあ、やってみたらわかります。 
 まずはがむしゃらにやって何の科目でもいいので結果を出してみることです。

やれてる人と自分の違いはどこにあるか?

 テスト結果が悪かった
 思ったほど評価してもらえなかった
 
 そんなとき、
 こう考えてしまうことはありませんか。

  「問題が悪い」
  「忙しくて勉強する暇がなかった」
  「習ってないところが出た」

 点が悪ければ運が悪かった、理不尽だったと解釈、
 でも良いときは「今回はがんばった」 と自己を高めに評価。

 別にダメじゃないですけれども勉強には不利な考え方ですね。
 伸びてく人って良くても悪くても反省点を見つけるんですよ。
 テストが終わってももう次のこと考えるんです。 

 勉強してなくても良い点を取れることもあれば、
 勉強してても悪い点のときもあります。

 それって何でだと思います?
 原因を考えないと結果の出し方が見つかりません。
 

 ー 「やれてる人はどうやってる?」
  他人の思考からヒントを得るー

 

 たとえば「テストは主にワークから出します」
 と言われ、ひたすらワークばかりやったとします。
 
 ところが実際は違うところからも結構出題され結果は厳しいことに…
 そこで「ワークから出すって言ったのに」と愚痴を言ってしまった。

 じゃあ何で良い点を取れてる人がいるんでしょう?

 そこで絶対に言ってはいけないのは
 「あの人はできるから」です。

 何もしないで安定して点を取ることは基本的に無理です。
 
だとしたら点を取れる理由がほかにあるはずです。
 
 勉強の仕方がうまいのかもしれない
 ベースが鍛えられていてテスト前は軽めの勉強で十分なのかもしれない
 できる人の理由を能力ではなく行動に着目してみましょう。
 ちなみに行動の原点は性格です。
 性格を勉強用にスライドしていかないと変わりません。
 

 勉強って生まれつきの部分だけでは決まらないんですよ。
 でも毎日の生活パターンの差はめちゃくちゃ能力に影響します。

 テスト前だけ急に「やるぞ」ってなっても
 年月でついた差を短時間でゼロにできるかって考えてみて欲しいんです。

 自分の日頃の取り組みを振り返ってみることも大事です。

 直前まで大して勉強してなかった
 すぐスマホ触っちゃう
 言われたことしかやらない

 本当に得点したかったら
 
もっと早く準備するし
 
どこから出題されても大丈夫なように広く勉強します。

 テストが近くなってからできることなんて知れてます。  

 

 ー 短い間のがんばりは努力とは言えない ー

 テスト直前に
 寝ないでがんばったり、
 問題解きまくったりして
 「自分がんばってる!」
 なんて思うかもしれません。

 でも遅いです。 

 やれることが極めて限定的になります。
 だからテスト問題への対応ゾーンが狭くなるんです。
 
 その結果ワークの反復とか強引な丸暗記しか策が思いつかなくなるんです。

 まずは勉強する前に
 勉強の取り組み姿勢の見直しです。

 昔みたいに
 解けなかったら叱られる
 サボってたら怒鳴られる
 
 そんな発破かけられる時代じゃありません。
 言われなくてもやれる人ばかり伸びるのが現代なんです。

 

 自分に気合いを入れられるのは
 自分です。

 それから人のせいにする癖があると努力できない人になります。
 
努力しても結果が出ないときだって当然あります。
 
 出てしまった結果は良かろうが悪かろうが、もう終わったことです。
 大事なのは常に
 「次どうする?」
 なんです。

 喉元過ぎても熱さを忘れないように、
 どこかに目標を貼るなり工夫して
 結果にストイックにやってみましょう。

 3月17日、この日は公立高校合格発表がありました。 
 
 合格しても努力が伴っていなければ成長がなく、
        
不合格でも全力で取り組んだなら今後の飛躍につながる

 今はまだ経験を積むとき。
 結果も大事だけれども
過程の大切さを知ってもらいたい。
 そう思って日々生徒たちと向き合っています。

 とはいえ受験生は結果を求めて日々がんばっています。
 結果が全てではないと思って勉強していたら甘えが出るかもしれません。
 結果にこだわるからこそ本気で取り組めるのです。

 「結果が全てではない」という言葉は全力を出し切った、
   もしくは結果から学んで自分を変えた後に
言うことですね。

 受験生たちは結果を出そうと取り組んでいたと思います。
 
 そして受験結果は・・・
 
 無事、全員の番号がありました!
 これで今年の受験生は全員、志望校に合格しました!

 受験生たちは本当によくがんばってくれました。
 そして合格よりもっと大切なものを得たはずです。
 (それが何かは一人ひとり違います)


 これからも多くの試練があると思いますが、
            
みなさんなら大丈夫です。

 今後のさらなる成長を期待しています!

考えることが勉強

 わからないときは質問することも大事です。
 粘って時間をロスするより解決して先へ進むことも必要です。

 しかし「わからないければすぐ訊こう」
 という姿勢では伸びません。

 質問の仕方もいろいろあります。
 たとえば

 ① 全然わかんない
 ② ○○まではわかったけどここが…

 みたいな違いがあります。

 

 伸びない人は
 基本、あきらめが早い!

 でも
 自分ではちゃんと考えてるつもりだったり、
 あるいは自分には無理という思い込みだったりが
 あるわけです。

 どっちにしても
 伸びませんよ。
 丸投げ気味な質問をしているうちは。

 

 勉強は筋トレやダイエットに似ているところがあります。
 自分が本気でそうなりたいと思って動かないと変わりません。

 何だって最初は大変なんです。
 でもそこを避けて通ったら何にもならないんです。  

 考えること、調べることをとことんやってみましょう!

優等生の勉強方法は誰にでも効果があるか?

  「友達に勉強のやり方を教えてもらおう」と
  思ったことはありませんか?
  
       友達の勉強方法を教わって効果はあるのでしょうか?
  
  結論から言えば、
  「ない」ことがほとんどです。

  勉強方法を教えてもらおうとする人のほとんどが
  普段勉強していなくて、やり方を知ればできるようになると
  誤解しているからです。
 
   
  勉強ができる人のやり方というのは
  普段の努力から変化を重ねて行きついた自分に合った方法です。
  
  結局

   ◆ 教えてもらったけどやったのは一時的だった
   ◆ やってみたけど何かうまくいかなかった
  
         みたいなことになってしまいます。

 またその人のやり方が今の自分に適しているとは限りません。

 自分はその人ではないのです。
 もちろん参考にするのは良いです。

 
  優等生の「全然勉強してない」
 これを真に受けてはいけない

 勉強が得意な人から
 「テスト前しか勉強していないよ」なんて話を聞いたことがありませんか?
 これを都合よく捉えて
 「じゃあ自分もそれで間に合うんだ」となるのは危険です。
 
 テスト直前まで勉強してないのが本当だとして、
 それでも結果を出せるのは
 ベースがあるからです。
 あと点の取り方のコツがわかっているのでしょうね。  

 ただ成績上位者の生活や勉強方法に共通点が多いものです。
 そういうところをヒントにしてみるのはありです
。
 

 下剋上タイプの勉強

 一方、
 かつては勉強嫌いでビリのほう、
 でも今では成績優秀

 そういう下剋上タイプの人からは
   「何がきっかけで勉強を始めたか」
   「今からがんばるにはどんなことから始めるべきか」
   「心が折れそうなときどうするか」

 など超基礎的なことやメンタル面などリアルで刺さりやすい話が聞けます。 
 気持ちの面で刺激を受けたいなら聞いてみると良いです。
 
 結局誰からヒントをもらうとしても、続けてこそ意味があります。
 本気で現状を打開したいと願うならどんな意見も参考になるはずです。
   

 

デジタルネイティブが苦手な科目

 普段は英語、数学を中心に勉強して
 理科や社会はテスト直前で対策する人も多いと思います。
 それは英数と違って「覚えるだけだから」と思われているためです。
  
 ですが、
 「直前だけの対策」ではかなり厳しいのが今どきの理科・社会です。
 語句問題が多めの簡単なテストなら良いですが、入試問題や学力テストなどは
 難問も多く早く始めないと間に合いません。

 配点が高い記述問題、
 それから断片的な知識では点数にならない完全解答も多いので
 手厚い対策をしておくべきです。

 
 暗記だけでは通用しない
 
 まず理科・社会をただ覚えるだけの暗記科目と思ってはいけません。

 スラスラ暗記できる人は
 ちゃんと語句の意味や話の流れも頭に入っているものです。
 あとは単純に「好き」というのもあるでしょう。
 
 それ以外の人は丸暗記で何とかしようとするんじゃないでしょうか。
 
 本来、理科・社会は流れやルールを理解する科目です。
 しかし活字離れやショート動画ばかり見る
 デジタルネイティブ世代は文章とじっくり向き合うことが苦手です。
 
 見たり聞いたりはできても
 読んだり書いたり考えたりの労働が嫌いってことですね。

 勉強全般に言えることですが、
 生活そのものを見直さないと難しいです。
 部屋の片づけや引き出し、本棚の整理なども効果的だと思います。
 (意外と頭脳プレイにもなるんです)

 あとは動画視聴を減らしたり、
 SNSをやることを減らしたり
 我慢強さや集中力を鍛える努力は日頃からしておくべきです。
 メンタル面はテスト直前で鍛えられるものではありませんから。
 

 あと大事なことは
 世の中や自然現象に興味を持つことです。

 理科や社会が強い人を見てると
 身の回りのことを割とちゃんと見ています。

 だから教科書に元々知ってることも出ているから
 読みやすいんでしょうね。
 スッと入ってくるんだと思います。
 
 勉強って学校で習うとか習わない以上に
 暮らし方で大きく差がつくから
 学力を上げるならまずそこが一つかなと思います。

ノートにまとめる理由

 昔は「書いて覚える」「書かないと覚えられない」なんて指導をされました。
 でも本当にそうなのでしょうか。

 自身の経験と多くの生徒を見た実績で言えば
 「書く」よりも「反復」「思考」がもたらす効果のほうが大きいように思います。
 
 もちろん複雑な内容であれば
 書き出して関係性や順番など整理するために書くのは必要です。
 
 ですが、
 そこで絶対にやってはいけないことがあります。それは・・・
 
 書いてあることを
「そのまま書き写すこと」です。
(これは丸暗記方式の人に多いので要注意)

 これって退屈で地味でモチベーションが上がりにくいんです。
 でも時間と労力は使うから「いっぱい勉強した気」になるんです。
 しかも思考はほぼ「無」なんです。
 だから頭が良くなることはありません。

 「明日(とか近いうち)にテストするぞ」と言われ
 その対策としていっぱい書いて丸暗記して、結果として良い点を取って…

 これが成功例として「書いて覚える」なんて言い伝えが広まったのかもしれません。

 しかしただ書くだけでは意味がありません。

   流れや関係性を意識して納得しながらまとめていくことが大切です。

 もしノートにまとめても効果がなければ、
 丸写
しになっているか
 
まとめ方が良くないかのどちらかです。

 質問に詳しく答えられる、人に説明できる
 そこまでできて頭に入ったと言えます。
 直近のテストのためだけに覚えようとしていないか、自分に問いかけてみると良いと思います。

 

 ノートに書きだす目的は情報を自分にわかりやすく編集することです。
 
  だらだら書かない
  義務感で書かない

  理解しようという気持ちで書く!(手より頭をはたらかせる)
 
これが大事です。
 
 また
 
 わかりにくい言葉は自分にわかりやすい言葉に直す
 あるテーマに絞ってまとめる
 図や矢印を使いなるべく文字を少なめにする

 この工夫が理解につながっていきます!

 「書く」のは時間もエネルギーも消費しますから省エネかつ効果的に進めたいものです。
 (色ペンの使用はあまり勧めませんが人物は青、出来事は赤、など
            ルールを決めて使うと良いかもしれません)

 いきなり完璧にまとめようとすると時間がかかり過ぎて長続きしません。
 最初はざっくりまとめ、必要に応じて加筆していくくらいで始めると良いでしょう。

自習に行って何をしている?

 自習ができる塾のニーズが格段に高まっています。
 自習のメリットは家より集中できる、わからないところを聞けることです。

 でも自習に行って本当にきちんと勉強しているか心配に思ったことはありませんか?
 ちょっと心配なのは次のような理由で自習に行くときです。
 
 たとえば
  ❒ 家だとスマホやゲームが気になって勉強できない
  ❒ 友達と自習に行く


 
これは
 やる気が出ないから「音楽を聴きながらやる」「動画を見ながらやる」などに近いものを感じます。
 
 塾に行ったまま帰ってこない・・・ずっと勉強してるのかな?・・・と思いきや、ボーっとしていたり違うことをしていたり実際はあまり勉強が進んでいなかったというのはよくある話です。
 (でも本人はちゃんとやっているつもりだったりします) 

 また友達としゃべってばかりでワイワイガヤガヤしていたら自習とは言えません。もしテストで点が取れてもそれは自習の効果ではありません。普通にがんばっていればもっと取れていた可能性もあります。
 
 大事なポイントは

 ❒ 本人、塾に任せっきりにしない
 ❒ 塾に教室での様子を確認する
 ❒ 楽しく通っているで終わらせない

 
 です。

 
「やらないよりはマシ」「安いから」「友達がいるから」
 これでは塾に通っている意義が薄くもったいないです(通うことが目的ではないはずです)。
  
 もし気になったら定期的に電話や面談で教室での様子を詳しく確認して、何かあれば塾と相談してみることをおススメします。

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